鼻・副鼻腔癌
鼻腔(鼻の穴)にできる癌を鼻腔癌、副鼻腔にできる癌を副鼻腔癌と言い,合わせて鼻・副鼻腔癌という。
ここでは代表的な上顎癌について話す。眼の下、頬に鼻とつながった空洞がある。これを上顎洞と言う。
この粘膜にも癌ができる。
上顎洞内に癌がとどまっている場合は症状はでないので、この段階では、癌が見つかることは極めて珍しい。
上顎洞の骨を破壊して癌が周囲に広がると、それに寄る症状がでてくる。
前方に広がると、頬が腫れてくる。下方にひろがると、上顎に出てきて上の歯が浮いてくる。
内方に広がると、鼻腔に出てきて鼻づまりや鼻出血の原因となることがある。
内方型、前方型および下方型は治療し易く、その治療成績も良い。
上に広がると、眼窩に入り込み、視力に障害を受けたり眼球が突出したりする。
上顎洞の後方に入り込むと、脳との境の骨を破壊して頭蓋内に入る。
後方および上方に広がった場合は治療成績は悪くなる。
最近は頭蓋内に入り込んだ腫瘍に対し手術を行う施設もあるが、治療の成績は悪い。
副鼻腔癌治療のもう一つの問題点は顔の美醜である。どうやってもある程度の顔の変形は避けられない。
「癌を治すためにはしかたがない。」と言う理由で手術してきたが、眼球をとったり顔の皮膚をとったりしてきた。
ある若い女医に「顔に傷をつけて、良心の呵責を感じませんか?」と問われたことがある。
その時は「おいおい、俺のやっている手術は犯罪か?」と、思ったけれど、けっして、私はやりたくてやっているのではない。
副鼻腔炎の発症原因ははっきりしていない。
幸いなことに、医療の進歩とともに副鼻腔癌の患者さんは減ってきていると言われている。
昔に比べて蓄膿症をきちんと治療するようになり、そのことが減少の理由ではないかと考えられているが、はっきりとしたことは分かっていない。
思い出に残る患者さんのはなし
“* Aさん( 上顎癌 70代 男性)
私が医者になった頃、初めて受け持った上顎癌の患者さんであった。
確か、道東の、とある漁港の漁師さんだったと記憶している。
手術しているが、残念ながら再発して頭に入り込み、放射線治療を受けるため入院していた。
放射線治療を行ったが、癌は残り、打つ術はなくなった。
全身状態が悪くなり、意識状態も日によって変動するようになった。
ある意識の比較的明瞭な時、彼がポツリと私に言った。「00に帰りたいなあ〜。」
彼は死を覚悟しているようだ。
その話を奥さんにすると「大丈夫なら飛行機に乗せて00に帰る。」と
「大丈夫かどうか、私にも自信はないが、好きな様にさせましょう。帰る飛行機の中で、もしも死んだら彼も本望でしょう。」
退院の日の彼の顔は嬉しそうだった。
空港へ行って飛行機を待っている間に彼の意識は再び、不鮮明になった。
航空会社から私に電話がきた。「ほとんど意識がありませんが・・・。」
しばらくして家族から電話がきた。「無事つきました。」
00について一ヵ月後、彼は亡くなったそうだ。
* Bさん ( 上顎癌 60代 男性 )
Bさんも放射線科時代、私が主治医だった患者さんである。
進行した上顎癌で頭に入り込んでいた。
手術の適応はない状態で放射線を可能な限りかけた。
それから5年が過ぎた。私は東京へ行った。Bさんのことは、すっかり忘れていた。
私の夏休みに、放射線科の外来に帰札の挨拶に行くと、Bさんが診察に来ていた。
急に記憶が鮮明になった。生きていたんだ。嬉しかった。また、驚きでもあった。
その日の検査でも癌はきれいに消えていた。
「おめでとうございます。丁度、5年生存を達成したんだ。」
放射線治療はBさんのように奇跡的に治ることがある。
* cさん(上顎癌 50代 男性)
cさんは若い時に片側の上顎癌の手術をしている。
今度は反対側にでてきた。
反対側の手術をした。
上顎癌の手術では頬の骨をとるのである。
想像していただきたい。両側の頬骨をとったら顔の下半分がつぶれたようなものだ。
外鼻もつぶれて、上唇も同様。
cさんはそれでも最初は外来に通っていた。
しかし、やがて外来に来なくなった。人の話だと、家に閉じこもって、ほとんどアルコール付けの毎日だという。
それから数年後。家で酒瓶を抱いて死んでいるcさんが発見された。
手術は成功したが、手術後のメンタル ケァーは全然ダメだったということだ。
私は主治医ではなかったが、医者は手術さえすれば良いものではない、と考えさせられた。
* eさん (上顎癌 50代 男性)-
上顎癌・手術後の再発である。
癌は眼窩内に再発し、さらに眼の下の皮膚は癌の浸潤で真っ赤だった。
眼球と顔の皮膚をとってお腹の皮膚と脂肪を欠損部に移植した。
普通、そのような手術をすると、サングラスをするか顔にガーゼを当てて、顔の変形を隠そうとする。
彼のすごいのは、あたかも「自分は大病して色々と苦しんだけれど精神的に病気には負けていないんだぞ。」とアピールしているかのように、傷を全く隠さない。
彼は学校の先生だったと記憶している。
上顎癌は義眼を入れるのが難しい。下まぶたと眼の下の組織をとっているので義眼をささえるものがないことによる。
* fさん(上顎癌 60代男性)
fさんの癌は珍しいタイプの癌だった。
比較的ゆっくりと育つが、周囲に足を伸ばして広がり易く、局所再発が多い。肺、骨などの遠隔転移も多い。
癌研で手術してから26年が経っていた。その時は1年に一回経過観察していた
26年後に外来に来た時、同僚の先生が再発を見つけた。
ゆっくりと育つ癌だが、26年後の再発というのは最長と言える。
放射線がよく効いた。上顎の癌はすぐに消えた。
だが、まるで癌の性格が変わったかのように、全身の骨に転移して、あっという間に亡くなった。2年ほど前に他院で肺癌と言われて手術を受けているが、それも転移だった。
* gさん(鼻腔悪性黒色腫 60代 女性)
「鼻がつまるんです。」と言って東北のある町の耳鼻科に行った。
そこで耳鼻科医が鼻腔を診ると真っ黒な腫瘍がある。そこで癌研を紹介してくれた。
悪性黒色腫はホクロの癌として知られ、人間にできる悪性腫瘍の中でも性質の悪い腫瘍として知られている。
治療法は手術だけ。
鼻腔の腫瘍をとるのは簡単である。問題はとった後、欠損部をどうするかだ。
この人の場合、外鼻(鼻の高まり)をとらなければならない。
そこで、某大学の有名な形成外科の先生に頼んだ。腰の骨と腕の皮膚を移植して外鼻を作ってくれた。
最初はまずまずの形をしていたが、時間と共につぶれてきた。想像していただきたい。
最初は、立派なテントが立っていたが、支柱がなくなって、テント生地だけが広がっているような状態だ。
彼女もつぶれた鼻を気にすることもなく、東北から通っていた。