喉頭蓋とは読んで字のごとく、喉頭の上にあるふた(蓋)で、食べ物が気管に流れるのを防ぐ働きをしています。
風邪をひくと、この喉頭蓋が炎症をおこして腫れることがあります。
ひどくなると、呼吸ができなくなって死亡することもあります。
耳鼻科医は、若い時に、一度は先輩の医者から、風邪の患者さんが急性喉頭蓋炎で亡くなった話をききます。そして、風邪の患者さんは必ずノドの奥を診るように教えられます。
当然ながら、今も、風邪の患者さんは必ずのどの奥を診ます。
扁桃周囲膿瘍とは、扁桃の周りに炎症が広がることを言います。
のどを切って、膿の出口を作ってやることが必要です。
そうしないと、膿は頸のやわらかいところをドンドン広がっていってしまいます。
顎の周りに広がると口が開かなくなってきます。
さらに下に膿が広がってきますと頸が腫れてきます。
さらに下に進んで胸部に入ることもあります。そうなると、生命の危険がでてきます。
数年前、一部のマスコミで、
“風邪はウィルスでおきる。風邪に抗生物質をださない医者が名医である”
というようなことが言われていましたが、
「冗談じゃない。本当に怖いのは、風邪で弱った粘膜におきる細菌の二次感染だ。
それを知っているから抗生物質を出すんだ。」と、耳鼻科医は怒っていました。
* Aさん (急性喉頭蓋炎 扁桃周囲膿瘍 頸部膿瘍 40代男性)
土曜日の外来も終わり、そろそろ帰ろうとしている時、外来の休憩室の電話がなった。
若い男性の声で、「00大学の耳鼻科の医者ですが・・・。ひどい扁桃炎の患者さんがいて、頸にも膿が溜まっているみたいで・・・。診てもらえませんか?」
「なんで大学病院から癌の専門病院に炎症の患者さんが紹介されるんだ?」と思ったけれど、聞くと、「今日は、たまたま、東京で耳鼻科の学会があって医局員は彼を残して皆、出かけている。医者になりたてで、どうしていいかわからない。」と。
そういえば私も新人の頃、当直はいやだったな〜。
今日、退院した私の患者さんのベッドが空いている。
来週後半に患者さんが入ってくることになっているが、それまでには退院できるだろう。
引き受けることにした。
病棟に運ばれてきたAさんを診ると、頸は下頚部まで膿瘍を作っている。「うちの病院に運ばれる途中から息苦しさがでてきてだんだん強まっている。」と言う。診ると喉頭蓋も腫れている。
すぐに気管切開をして呼吸の通り道を確保し、頸の何ヶ所かを切開して管を入れ膿の逃げ道を作り、点滴の抗生物質の指示をした。
「これで万全、来週中には元気になって帰れるだろう。」
その夜の9時頃、私のアパートの電話が鳴った。
「Aさんが果物ナイフを持って病棟で暴れています。すぐ、来てください。」
いったい何が起こったというのだ?
けが人は?
ナイフを持って私に向かってきたらどうしょう。
病棟に行ってみると、廊下は黒山の人だかり。廊下には組み伏せられたAさんがおり、その上に馬乗りになった各科の当直の先生。
それを囲んで各科の当直の看護婦さんと騒ぎを聞きつけた入院患者さん。
私が駆けつける前の騒ぎがわかるようだ。
幸い、けが人はいない。廊下に組しかれて、私の方を見てニタ〜と笑う眼は入院してきた時の彼の眼とは違うものだった。
睡眠薬を注射して耳鼻科の処置のベッドに縛り付けた。
看護婦さんが、「(私が)帰ると怖い。患者さんの横にいて欲しい。」と言う。
花の土曜日、(何も予定はなかったが・・・。)耳鼻科の診察の椅子で寝ることになった。
翌朝、彼は正気になっていた。
昨日のことは全く覚えていない。
どうして、縛られて、処置室のベッドにいるのか?
昨日のことを話すと、「信じられない。」と、照れていた。
「先生の説明を聞いて、自分も了解していた。良くなれば声もだせるようになるんだし・・。
この間まで元気だった自分が、風邪かな?と思ったら、だんだんひどくなってきて。怖くて、怖くて、と思っていたが、それから先は覚えていない。」
人間、恐怖が強いと、我を忘れることがあるらしい。彼の場合がそうだった。
数日後、彼は恐縮しながらも元気に退院していった。
彼は、都内のある自動車学校の教官をしていたが、あの夜、けられて、あざを作った当直の看護婦さんをはじめ、多くの病棟の看護婦さんが、彼に教えてもらって、自動車の免許をとった。
さぞかし、やさしく教えてもらったことだろう。