

空沼登山道の傍にある人知れず咲く水芭蕉の群落 空沼岳頂上より恵庭岳と支笏湖を望む
= 札幌周辺の山 =
札幌の周辺には、無名の山だが、日帰りで、簡単に登れる個性的な山がたくさんある。
我々は、シ−ズンになると、週末、よく、これらに登った。
代表的な山を紹介する。

空沼岳頂上には人馴れしたシマリスがいた 空沼岳から札幌岳への縦走路を望む
(1)空沼岳
札幌の山登りは「空沼岳に始まって空沼岳に終わる。」と言われるほど、札幌市民にはなじみの深い山である。
幼稚園〜小学生の時代、札幌市民は大抵、一回は空沼岳の頂上か途中にある万計沼に遠足に行く。
登山道は広く、途中、札幌岳に向かう道があるが、それを間違えなければ、後は迷うことはない。
頂上からの眺めはすばらしく、青い支笏湖が見える。
我々が登っていた頃は、頂上に人なつっこいシマリスがいて、手に乗ってきたりしていた。
(2)百松沢岳
札幌は市内の西の方に山が広がるが、その中で、私達の大学に近く、4月になって新入生が入ってくると、4月の日曜日に、まず行くのがこの山である。
頂上まで登ったことはない。
ダンボールの切れ端やビニ−ルの袋を持って、残雪の山を登り、お尻にそれをひいて、尻すべりでおりてくるのだ。
そうやって年に一回登る山。
(3)無意根山
札幌の南方の郊外に定山渓温泉街がある。温泉街でバスを降り、中山峠側に20〜30分歩くと国道の傍を流れる沢がある。夏休み前の日曜日、水がぬるむ頃、その沢を登って、沢登りの練習がてら、その沢の源流のある無意根山に登る。
(4)余市岳
定山渓温泉街からさらに元山鉱山への道を少し行くと白井川二股と言うところがある。
そこで車をおり白井川の横にある登山道をしばらく歩き、道なき小山を越えると我々の大学の山小屋がある。山小屋といっても北海道式である。管理人もいないし、電気もきていない。水は小屋の前を白井川が流れているので、それを使う。
4月の中旬、この白井川で“新入生歓迎パ−テイ”をやる。2年生が朝の内に行って、料理を用意する。(我々の時は生寿司をにぎった。)
夜中まで呑んで、翌日、余市岳に登って、尻すべりで下りる。
一年目は、翌日、頭ガンガン二日酔いで登れなかった。
ある年、白井小屋の帰り、登山道に残る雪の上に熊の大きな足跡。
すると山の方から漁師が数人。「今、熊が逃げてこなかったか?」
3日前から追っている熊だと。もう少し早かったら熊と出くわしていたかも知れない。
もし、出くわしていたら、追われて興奮している熊でどうなっていたか?
まさに干一髪。
定山渓は札幌から程近いが、熊が生息している。数年前にも、「エ〜こんなとこで。」と思うような定山渓の道端で山菜を採っていた人が、熊に襲われて亡くなっている。
200万都市、札幌でさえ、「裏山で熊を見た。熊の足跡があった。」と、時々、ニュ−スになる。
= 札幌岳 =
前述したが、空沼岳からの縦走路があり、二回ほど縦走した事があるが、単独で登ったことはない。
学生の時、空沼岳から札幌岳と縦走し、定山渓温泉の近くに下山し、それから、クラブの先輩のお兄さんが経営する薄野の安スナックで朝まで呑み、部室で酔いをさまして、それから授業に出たことがある。
私も友達も若かったんですね〜。
= 恵庭岳 =
支笏湖の横にあって、頂上が巨大な岩からなっており、札幌からも頂上がポコとなった山容が特徴的な山、それが恵庭岳だ。
登山道を少し行くと道は急な直登になる。息もたえだえに、この直登のコ−スを登り終。えた辺りで丁度、視界が開けてくる。丁度、そこに“見晴らし台と呼んでいる岩の重なったところがある。そこで大休止。
そこから比較的、道は平らになり、巨岩をグルリと回って、頂上。
我々が登っていた頃、“恵庭岳のおじいさん”と呼んでいた80歳以上のおじいさんがいた。
恵庭岳にいつ行っても、不思議とそのおじいさんに会うのだ。
おじいさんは非常にゆっくりと登るのだが、けして疲れた顔を見せず、休むこともせず、
我々が若さにまかせておじいさんを追い越して休んでいると、追い越していくのだ。結局、そんなことを繰り返して頂上につくと、そんなに変わりなく、おじいさんも頂上につく。
先輩が「おじいさんのぺ−スが理想の山登りだ。」と言っていた。
頂上の眺めはすばらしく、眼下には支笏湖。反対側には、エメラルド・グリーンのオコタンペ湖が見える。(オコタンペ湖は上から見るとエメラルド色に輝く小さな湖だ。癌研に勤めていた頃、埼京線の板橋駅を利用していたが、駅の傍に“オコタンペ湖”と言うレストランがあった。それを発見した時は、何故か嬉しかった。
近年、恵庭岳は頂上の巨岩の崩壊が進み、登山禁止になっている。
= 風不死岳 =
恵庭岳と支笏湖をはさんで対峙する山が風不死岳である。5月になると札幌市内の各大学のワンダ−フォゲル部が集まり、色々な大学の人とパ−ティを作って登山をする催しがある。支笏湖のほとりにモ−ラップ・キャンプ場というのがあるが、土曜日、そこにキャンプして、親睦会を行い、翌日、風不死岳かその奥の樽前山に登山するのを通例としている。
その会に参加して、生まれて初めて登った山が風不死岳である。
ある年、山登りをしたことがないというクラス・メ−トらと風不死岳に登ったことがある。
それそのものは問題がなかったのだが、翌週の日曜日、風不死岳で二人の登山者が熊に襲われて亡くなった、とニュ−スでやっていた。
一週間の差、とゾ〜としたが、この辺は樽前山から続く火山灰地で、熊が生息しているような藪もないし、“苔の洞門”という観光地も近い。
熊に発信機をつけた研究によると、熊は夜に驚くほど移動するそうだが、たまたま、そんな熊と出会ってしまった、ということだろう。